仕訳の型:借方と貸方
この部の 2 / 7 章 ・ 全体で 11 / 53 章 ・ 読了目安 26 分
- 資産・負債・純資産・収益・費用の5分類で取引を分解できる
- 借方・貸方のどちらに何を書くか、暗記ではなく理屈で決められる
- エンジニアの典型的な取引を仕訳にできる
簿記の入り口で挫折する原因は、たいてい借方・貸方の暗記です。
「借りるほうが左、貸すほうが右……なぜ?」——なぜかを考えても意味がありません。 借方・貸方は左と右のラベルでしかなく、言葉の意味は捨てて構いません。
覚えるのは5つの箱と、箱ごとの定位置だけです。これだけで仕訳は書けます。
5つの箱
すべての取引は、この5種類の要素に分解されます。
| 箱 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| 資産 | 持っているもの・受け取る権利 | 現金、普通預金、売掛金、PC、敷金 |
| 負債 | 払う義務 | 未払金、買掛金、借入金 |
| 純資産 | 資産 − 負債(=自分の取り分) | 元入金、事業主貸、事業主借 |
| 収益 | 稼いだもの | 売上高、雑収入 |
| 費用 | 使ったもの | 通信費、消耗品費、支払手数料 |
そして関係はこうです。
資産 = 負債 + 純資産 + (収益 − 費用)
定位置(ホームポジション)を覚える
箱ごとに「増えた時に書く側」が決まっています。 これが唯一の暗記事項です。
借方(左) 貸方(右)
┌──────────────┐ ┌──────────────┐
│ 資産 ↑増加 │ │ 負債 ↑増加 │
│ 費用 ↑増加 │ │ 純資産 ↑増加 │
│ │ │ 収益 ↑増加 │
└──────────────┘ └──────────────┘
減った時は、逆側に書く
覚え方は「資産と費用は左が定位置」の一言です。 残り(負債・純資産・収益)は右。
そして絶対のルールが1つあります。
借方の合計 = 貸方の合計 (常に等しい)
仕訳の書き方
「1つの取引を、原因と結果の2面で書く」を実際にやってみます。
例1: 案件を納品して請求書を出した(税抜30万円)
まだ入金されていないが、「請求する権利」が発生している。
借方: 売掛金 300,000 貸方: 売上高 300,000
(資産が増えた) (収益が増えた)
この章では分かりやすさのため税抜で書いています。 実務では消費税の税区分をあわせて指定します(免税事業者なら税込経理が基本)。 詳細は第5部で扱います。
例2: 30万円が普通預金に入金された
借方: 普通預金 300,000 貸方: 売掛金 300,000
(資産が増えた) (資産が減った)
売掛金という「受け取る権利」が、現金という「実物」に変わっただけです。 ここで売上を計上してはいけません(例1で計上済み。二重計上になります)。
例3: 源泉徴収されて入金された
報酬から10.21%が引かれて振り込まれるケースです(源泉徴収と報酬)。
請求30万円、源泉徴収30,630円、入金269,370円
借方: 普通預金 269,370 貸方: 売掛金 300,000
仮払税金 30,630
引かれた税額は「前払いした所得税」なので、資産(仮払税金・事業主貸で処理する方法もある)として残し、 確定申告で精算します。
例4: PC をクレジットカードで買った(30万円)
借方: 工具器具備品 300,000 貸方: 未払金 300,000
(資産が増えた) (負債が増えた)
買った時点では経費になりません。資産として計上し、 減価償却で少しずつ費用にします(減価償却)。
例5: カードの引き落とし日が来た
借方: 未払金 300,000 貸方: 普通預金 300,000
(負債が減った) (資産が減った)
例6: クラウドの利用料をカードで払った(1万円)
借方: 通信費 10,000 貸方: 未払金 10,000
(費用が増えた) (負債が増えた)
例7: 技術書を事業用カードで買った(3,000円)
借方: 新聞図書費 3,000 貸方: 未払金 3,000
例8: プライベートの口座から事業の経費を払った(5,000円)
借方: 消耗品費 5,000 貸方: 事業主借 5,000
(費用が増えた) (純資産が増えた)
事業主借は「事業がプライベートから借りた」という意味です(事業主貸・事業主借)。
例9: 生活費として事業用口座から20万円引き出した
借方: 事業主貸 200,000 貸方: 普通預金 200,000
これは経費ではありません。自分への給料という概念が個人事業主には無いためです。
法人なら役員報酬として経費にできますが、個人事業主は自分に給料を払えません。 事業の利益がそのまま自分の所得になるからです。
生活費の引き出しは、すべて「事業主貸」です。 これは法人化を考えるタイミング(法人化の判断)にもつながる重要な違いです。
エンジニアの取引 早見表
| 取引 | 借方 | 貸方 |
|---|---|---|
| 請求書を発行した | 売掛金 | 売上高 |
| 入金された | 普通預金 | 売掛金 |
| 源泉徴収されて入金 | 普通預金 / 仮払税金 | 売掛金 |
| 振込手数料が引かれて入金 | 普通預金 / 支払手数料 | 売掛金 |
| AWS・GitHub の利用料 | 通信費(または支払手数料) | 未払金 |
| ドメイン・SSL | 通信費 | 未払金 |
| 技術書・雑誌 | 新聞図書費 | 未払金 |
| カンファレンス参加費 | 研修費(諸会費) | 未払金 |
| コワーキング利用料 | 地代家賃(支払手数料) | 普通預金 |
| 10万円未満の周辺機器 | 消耗品費 | 未払金 |
| 10万円以上の PC | 工具器具備品(資産) | 未払金 |
| 打ち合わせのカフェ代 | 会議費 | 現金 |
| 顧客との会食 | 接待交際費 | 未払金 |
| 電車・タクシー | 旅費交通費 | 現金 |
| 自宅家賃の按分 | 地代家賃 | 事業主借 |
| プライベート資金で経費を払った | (各費用) | 事業主借 |
| 生活費を引き出した | 事業主貸 | 普通預金 |
freee の「取引」と仕訳の関係
freee は仕訳を直接書かせません。代わりに「取引」という形で入力します。 その入力が、どの仕訳になるかを見ておきましょう。
入力画面と、生成される仕訳
画面: 取引入力 → 「収入・支出形式(取引の一覧・登録)」

入力したのは支出・日付・科目・金額・決済ステータスの5つだけです。 それだけで、freee は下のような仕訳を作ります。
借方: 通信費 44,000 貸方: 未払金 44,000
「未決済」を選んだから、貸方が未払金になりました。 ここで「決済済み」を選べば、貸方は選んだ口座(普通預金など)に変わります。
つまり freee の「収入 / 支出」「決済 / 未決済」の選択が、 そのまま相手勘定(貸方に何が来るか)を決めています。
「収入・未決済」なら、借方が売掛金になる
同じ画面で「収入」を選び、決済ステータスを「未決済」にすると、こうなります。

借方: 売掛金 330,000 貸方: 売上高 330,000
請求書を出した時点の仕訳です(現金主義と発生主義)。 入金された時に「決済済み」で消し込むと、売掛金が普通預金に変わります。
4つの組み合わせ
| freee の入力 | 生成される仕訳 | どんな時 |
|---|---|---|
| 支出・未決済 | 費用 / 未払金 | カードで払った(引き落としはまだ) |
| 支出・決済済み | 費用 / 普通預金 | 口座から引き落とされた |
| 収入・未決済 | 売掛金 / 売上高 | 請求書を出した(入金はまだ) |
| 収入・決済済み | 普通預金 / 売上高 | 入金された |
| 支出・決済済み(口座=プライベート資金) | 費用 / 事業主借 | 私費で経費を払った |
| 支出・決済済み(勘定科目=事業主貸) | 事業主貸 / 普通預金 | 生活費を引き出した |
ここが分かっていれば、freee の画面で迷いません。
入力欄の下にある「仕訳プレビュー」は、登録する前に仕訳を見せてくれます。
□ 借方・貸方の科目が意図どおりか
□ 未払金・売掛金が意図せず立っていないか
□ 税区分(課対仕入10% / 課売上五10% / 対象外)が妥当か
登録済みの取引をまとめて見たい時は、会計帳簿 → 仕訳帳で全件を一覧できます。 画面の操作を覚えるより、出てきた仕訳を読めるほうが強いです。
「クラウド利用料を払った」
→ 費用(通信費)が増えた。カードの債務(未払金)が増えた
→ 費用は左、負債は右
→ 借方: 通信費 / 貸方: 未払金
この手順なら、暗記なしで毎回導けます。
12月20日に納品し、請求書を発行しました(税抜50万円、支払は翌年1月末)。この取引の12月時点での仕訳として正しいものはどれでしょうか?
この章のまとめ
- 借方・貸方は左と右のラベル。言葉の意味は考えなくてよい
- 覚えるのは5つの箱(資産・負債・純資産・収益・費用)と定位置だけ
- 資産と費用は借方(左)が定位置。負債・純資産・収益は貸方(右)
- 絶対のルールは「借方合計 = 貸方合計」。だから間違いが残高不一致として現れる
- 請求時に売掛金 / 売上高、入金時に普通預金 / 売掛金。入金時に売上を立てると二重計上
- 10万円以上の資産は買った時点では経費にならない(減価償却)
- 自分への給料は無い。生活費の引き出しは全部「事業主貸」
- freee の「収入 / 支出」「決済 / 未決済」は、相手勘定を決める操作
参考資料
| 対象 | リンク |
|---|---|
| 国税庁 帳簿の記帳のしかた(事業所得者用) | https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/kojin_jigyo/kicho/index.htm |
| 国税庁 No.2070 青色申告制度 | https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2070.htm |