業務委託契約書の読み方
この部の 2 / 6 章 ・ 全体で 42 / 53 章 ・ 読了目安 26 分
- 契約書で真っ先に見るべき条項を挙げられる
- 危険な条項を見つけて交渉できる
契約書を全部読む必要はありません。危険な条項は決まっています。
この章では、先に見るべき順番で条項を並べます。 上から5つまで確認すれば、致命傷はほぼ避けられます。
優先度1: 損害賠償
最も重要です。ここが無制限だと、事故1回で人生が変わります。
危険な例:
「乙は、本契約に関して甲に生じた一切の損害を賠償する」
安全な例:
「乙の責めに帰すべき事由により甲に損害が生じた場合、乙は
直接かつ通常の損害に限り、本契約に基づき乙が受領した報酬の総額を
上限として賠償の責任を負う」
| 見るポイント | 望ましい形 |
|---|---|
| 賠償額の上限 | 受領した報酬の総額(または直近数ヶ月分) |
| 損害の範囲 | 直接かつ通常の損害に限定(逸失利益・特別損害を除く) |
| 責任の要件 | 故意・重過失に限る、または帰責事由が必要 |
| 期間 | 責任を負う期間の制限 |
システムの不具合で発注者のサービスが停止し、その先の顧客への賠償まで 請求される——個人が負える金額ではありません。
上限条項を入れる交渉は、まっとうな取引先なら普通に応じます。 拒否される場合、賠償責任保険(保険・信用・借入)でカバーできる範囲を確認し、 それでも見合わないなら受けない判断も必要です。
優先度2: 報酬と支払期日
□ 報酬の額(税抜か税込か)
□ 消費税の扱い(インボイスの有無との関係。[インボイス制度とフリーランス](/chapters/invoice-system/))
□ 支払期日(フリーランス新法により、原則として役務提供日から60日以内。[フリーランス新法と下請法](/chapters/freelance-law/))
□ 支払方法と振込手数料の負担者
□ 稼働時間の精算方法(準委任の場合)
□ 追加作業の単価
月末締め翌月末払い … 最長で約60日後に入金
月末締め翌々月末払い … 最長で約90日後に入金
90日サイトの案件を受けると、開始から3ヶ月間は無収入で作業することになります。 生活費の準備(独立する前に確かめること)と合わせて判断してください。
優先度3: 検収(請負の場合)
□ 検収の基準(何を満たせば合格か)
□ 検収の期間(納品からいつまでに検収するか)
□ 期間を過ぎた場合の扱い(みなし検収があるか)
□ 不合格の場合の手続き(理由の明示、修正の回数・範囲)
望ましい条項の例:
「甲は、納品後10営業日以内に検収を行い、結果を書面で通知する。
当該期間内に通知がない場合、検収に合格したものとみなす」
優先度4: 権利の帰属
□ 成果物の著作権は誰に帰属するか
□ 汎用的なライブラリ・ノウハウを再利用できるか
□ 著作者人格権の扱い
□ 第三者の権利侵害があった場合の責任
詳細は知的財産・著作権・OSSで扱いますが、「一切の権利が甲に帰属する」だけの条項は危険です。 自分が過去に作った汎用コードまで持っていかれる可能性があります。
優先度5: 解除と中途終了
□ どちらからいつ解除できるか
□ 予告期間(フリーランス新法により、継続的業務委託の中途解除には30日前の予告が必要)
□ 解除時の報酬の精算方法(途中までの作業分は支払われるか)
□ 契約期間の自動更新の有無
危険な例:
「甲は、乙に通知することにより、いつでも本契約を解除できる」
(乙側の解除権は無い、または厳しい条件付き)
準委任は本来どちらからでも解除できますが、 一方的に不利な条項は交渉の対象にしてください。 最低限、解除までの作業分の報酬は確保します。
その他の要注意条項
再委託の禁止
□ 一切禁止されているか、事前承諾があれば可能か
□ 自分が外注を使う予定があるなら、必ず確認する
競業避止・専属義務
危険な例:
「乙は、本契約期間中および終了後2年間、同種の業務を第三者に提供してはならない」
→ フリーランスにとっては事実上の廃業命令になりうる([秘密保持と競業避止](/chapters/nda-and-non-compete/))
瑕疵担保/契約不適合責任の期間
□ 民法の原則は「不適合を知った時から1年以内の通知」
□ 契約で「引渡しから6ヶ月」などに短縮されることが多い(受注側に有利)
□ 逆に「3年間」などに延長されている場合は交渉を検討
秘密保持
秘密保持と競業避止で扱います。義務が一方的でないかを確認してください。
反社会的勢力の排除・準拠法・管轄
□ 管轄裁判所が遠方だと、争う時のコストが跳ね上がる
□ 「甲の本店所在地を管轄する裁判所」が一般的だが、確認はしておく
交渉の仕方
交渉は失礼ではありません。むしろ、条件を確認せずに受ける人のほうが信用されません。
言い方の例:
「賠償の上限について、業務委託料の総額を上限とさせていただけますか。
個人事業主のため、無制限の責任は負いかねます」
「検収期間を10営業日とし、期間内にご連絡がない場合は
合格とみなす条項を追加いただけますか」
「成果物の著作権は貴社に譲渡しますが、汎用的なライブラリ部分については
私が引き続き利用できる形にさせてください」
1. その条項が発動する確率はどれくらいか
2. 発動した時の最大損失はいくらか
3. 保険でカバーできるか([保険・信用・借入](/chapters/insurance-and-credit/))
4. 案件の報酬と釣り合うか
すべての条件を勝ち取る必要はありません。 リスクを把握したうえで受けるなら、それは判断です。 把握しないまま受けるのが、いちばん危険です。
契約書のチェックリスト
□ 賠償の上限がある
□ 損害の範囲が直接損害に限定されている
□ 報酬額と支払期日が明確(60日以内)
□ 検収の基準と期限がある(請負)
□ 精算幅と単価が明確(準委任)
□ 権利の帰属と、汎用部分の再利用が整理されている
□ 解除の条件が一方的でない
□ 競業避止が過度でない
□ 再委託の可否が実態と合っている
□ 契約不適合責任の期間が現実的
□ 管轄裁判所を確認した
月額80万円・6ヶ月の準委任契約の契約書に、「乙は本契約に関し甲に生じた一切の損害を賠償する」とあります。修正を依頼したところ「社内規程で変更できない」と回答されました。どう判断するのが妥当でしょうか?
この章のまとめ
- 見る順番は賠償 → 報酬と支払期日 → 検収 → 権利 → 解除
- 賠償の上限(受領報酬の総額)と、直接損害への限定が最重要
- 支払サイトは資金繰りに直結する。90日サイトは3ヶ月無収入を意味する
- 請負では検収の基準・期限・みなし検収が生命線
- 「一切の権利が甲に帰属する」だけの条項は危険(知的財産・著作権・OSS)
- 解除の条項が一方的に不利でないか、途中までの報酬が精算されるか
- 交渉は失礼ではない。条件を確認しない人のほうが信用されない
- 修正が通らないなら、確率・最大損失・保険・報酬で判断する
参考資料
| 対象 | リンク |
|---|---|
| e-Gov 民法 | https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089 |
| 経済産業省 情報システム・モデル取引・契約書 | https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/keiyaku/ |
| 中小企業庁 下請取引適正化 | https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/ |
| フリーランス・トラブル110番 | https://freelance110.mhlw.go.jp/ |