フリーランスエンジニアの実務

なぜ簿記が必要か

この部の 1 / 7 章 ・ 全体で 10 / 53 章 ・ 読了目安 14

この章を読むとできるようになること
  • 簿記を義務と節税と経営の3方向から説明できる
  • 単式簿記と複式簿記の違いを説明できる

「会計ソフトが自動でやってくれるのに、なぜ簿記を学ぶのか」

正直に答えます。ソフトが間違えた時に気づけるのは、あなただけだからです。

会計ソフトは、明細から取引を推測します。推測なので外れます。 外れた結果は帳簿に残り、決算書になり、申告書になります。 その帳簿が正しいと保証するのは、税務署でもソフト会社でもなく、あなたです。

簿記が要る3つの理由

1. 義務だから

個人事業主には記帳義務帳簿の保存義務があります。青色でも白色でも同じです。

種類保存期間
帳簿(仕訳帳・総勘定元帳など)7年
決算関係書類(決算書・棚卸表)7年
現金預金取引等関係書類(領収書・預金通帳など)7年(前々年の所得が300万円以下の場合は5年)
その他の書類(請求書・見積書・契約書など)5年

2. 節税の条件だから

青色申告特別控除65万円の要件は「複式簿記による記帳」と 「貸借対照表と損益計算書の添付」です。 帳簿が無ければ、控除も無いということです。

3. 事業が見えるから

これが実は一番大きい効果です。

□ 今年はいくら稼いだのか(売上ではなく、経費を引いた後で)
□ 固定費は月いくらか(案件が切れたら何ヶ月持つか)
□ 単価を上げるべきか、稼働を増やすべきか
□ 法人化を検討する水準に来ているか
□ 来年の納税額はいくらになりそうか

これらは全部、帳簿からしか分かりません。 通帳の残高を見ても分からないのは、そこに未回収の売掛金も、 これから出ていく納税資金も反映されていないからです。

通帳の残高は「使えるお金」ではない

残高100万円の口座を見て安心してはいけません。

残高                        100万円
  − 来月引き落としのカード     30万円
  − 3月に払う所得税            40万円
  − 6月からの住民税            30万円
  − 消費税の納付               15万円
                        ───────────
  実際に使えるお金            −15万円

帳簿を付けている人だけが、この計算をできます。

単式簿記と複式簿記

単式簿記複式簿記
記録の仕方現金の出入りだけを1行で記録1つの取引を2つの側面で記録
分かることいくら入って、いくら出たかそれに加えて、財産と債務の状態
作れる書類収支の一覧損益計算書 + 貸借対照表
青色申告特別控除10万円65万円 / 55万円

複式簿記の「複」は、1つの取引を2つの面から書くという意味です。

「30万円の PC をクレジットカードで買った」

単式簿記: 支出 300,000円(PC)

複式簿記: PC という資産が 300,000円 増えた
          カード会社への債務が 300,000円 増えた
複式簿記は「原因と結果」を同時に書く記法

プログラマ向けに言い換えると、複式簿記はすべての取引に対して不変条件を持つ記録方式です。

不変条件: 借方の合計 = 貸方の合計(常に)

この制約があるから、入力ミスが残高の不一致として現れます。 単式簿記にはこの検算機能がありません。 「なぜ2回書くのか」の答えは、検算のためです。

会計ソフトは何をやってくれるのか

ソフトがやること:
  □ 口座・カードの明細を取り込む
  □ 明細から仕訳を推測する(「Amazon → 消耗品費」など)
  □ 仕訳帳・総勘定元帳を自動で作る
  □ 集計して決算書(BS・PL)を作る
  □ 申告書の形式に変換する

ソフトがやらないこと:
  × その支出が事業のものか判断する
  × 家事按分の割合を決める
  × 事業に関係ない支出を除外する
  × 期ズレ(12月納品・1月入金)を正しく処理する
  × 残高が合わない原因を突き止める

下の5つは全部、人間の仕事です。そしてこの5つが、まさに税務調査で見られる部分です。

最低限おさえるべき範囲

この本で扱うのは、フリーランスが実際に使う部分だけです。 簿記3級の全範囲は要りません。

学ぶこと
仕訳の型(借方・貸方と5要素)仕訳の型:借方と貸方
よく使う勘定科目勘定科目の地図
貸借対照表と損益計算書の読み方貸借対照表と損益計算書
発生主義(売掛金・未払金)現金主義と発生主義
事業主貸・事業主借事業主貸・事業主借
決算整理決算整理でやること
この本で扱わないもの(フリーランスではほぼ使わない):
  × 手形取引
  × 有価証券の売買(事業としての取引でなければ)
  × 製造原価の計算
  × 連結会計

freee の自動登録で1年分の記帳が終わりました。決算書を出すと、貸借対照表の「普通預金」が実際の通帳残高と12万円ずれています。最初に疑うべきことは何でしょうか?

この章のまとめ

  • 会計ソフトは推測する。推測の誤りに気づけるのは自分だけ
  • 簿記が要る理由は3つ。記帳義務・65万円控除の要件・事業が見えること
  • 帳簿は7年保存(書類は5年または7年)
  • 通帳の残高は使えるお金ではない。未払いのカード・所得税・住民税・消費税が控えている
  • 複式簿記は「借方合計 = 貸方合計」という不変条件を持つ記録方式。だから検算できる
  • ソフトがやらないのは、事業性の判断・按分・期ズレ・残高不一致の原因究明。 これらがそのまま税務調査で見られる部分になる

参考資料

読み終わったら記録しておくと、目次で進み具合が分かります。