法人化を考えるタイミング
この部の 7 / 7 章 ・ 全体で 53 / 53 章 ・ 読了目安 20 分
- 法人化を検討し始める判断材料を持てる
- 法人化で増える手間とコストを把握できる
この本は個人事業主のための本なので、法人設立の手続きや法人決算は扱いません。
ただし、いつ検討を始めるべきかは知っておく必要があります。 知らないまま何年も過ぎると、払わなくてよかった税金を払い続けることになるからです。
検討を始めるサイン
□ 事業所得が 800万〜900万円を安定して超えてきた
□ 課税売上が 1,000万円を超えた(消費税の負担が本格化)
□ 取引先から「法人でないと契約できない」と言われた
□ 従業員を雇う予定がある
□ 責任を個人資産から切り離したい
□ 社会保険(厚生年金・健康保険)に入りたい
1つ当てはまったら試算、2つ以上なら本格的に検討、くらいの目安です。
なぜ所得800万〜900万円が目安か
所得税は累進、法人税はほぼ比例だからです。
個人: 課税所得が増えるほど税率が上がる(最高45% + 住民税10%)
法人: 所得800万円以下の部分は軽減税率、それを超える部分も一定
さらに、法人化すると自分に役員報酬を払えるようになります。
個人事業主: 事業の利益 = 自分の所得(自分への給料は経費にならない。[事業主貸・事業主借](/chapters/owners-equity/))
法人 : 役員報酬を経費にでき、受け取る側では給与所得控除が使える
法人側: 役員報酬を損金(経費)にできる
個人側: 受け取った役員報酬に給与所得控除が適用される
個人事業では実費の経費しか引けませんが(個人事業主とは何か)、 法人化すると給与所得控除という概算の控除が復活します。 これが法人化の税務メリットの中心です。
法人化で増えるコスト
税金だけを見て決めると失敗します。
| コスト | 目安 |
|---|---|
| 設立費用 | 合同会社で約6〜10万円、株式会社で約20〜25万円 |
| 法人住民税の均等割 | 赤字でも年7万円程度(自治体・資本金による) |
| 決算・申告 | 法人税申告は個人より複雑。税理士費用が年20〜50万円程度 |
| 社会保険 | 役員1人でも強制加入。会社負担分(約半分)が発生 |
| 事務負担 | 議事録・登記変更・社会保険の手続き |
| 廃業コスト | 解散・清算の登記と公告で数万円〜十数万円 |
メリット: 厚生年金(将来の年金が増える)、傷病手当金([健康保険をどうするか](/chapters/health-insurance/))、
扶養家族の保険料がかからない
コスト : 保険料の会社負担分が発生する(実質的に全額が自分の負担)
赤字でも役員報酬を出す限り発生する
役員報酬の額を調整することで保険料もある程度コントロールできますが、 報酬は原則として期中に変更できません(定期同額給与のルール)。
消費税との関係
かつては「法人化すると2年間は消費税が免税になる」というメリットがありましたが、 インボイス制度により事情が変わりました。
インボイス登録をしている個人が法人化した場合:
→ 新しい法人として、あらためて登録が必要
→ 登録すれば、設立直後から課税事業者になる([消費税の仕組み](/chapters/consumption-tax-basics/))
取引先がインボイスを求める限り、免税期間を活かせる場面は限られます。
いわゆる「マイクロ法人」
個人事業と小さな法人を併用する形も知られています。
法人 … 一部の事業(例: 特定の受託)を法人で受け、役員報酬を最小限にする
→ 社会保険(厚生年金・健康保険)に加入する
個人 … 残りの事業を個人事業として継続する
→ 国民健康保険から外れる
□ 法人と個人で、事業の内容が明確に区分されているか
□ 法人に実態があるか(契約・請求・入金が法人名義で行われているか)
□ 経費の付け替えをしていないか
形だけ作って社会保険料を下げる目的の設計は、否認されるリスクがあります。 また、法人の維持コスト(均等割・税理士費用・事務負担)が、 削減できる保険料を上回ることも珍しくありません。
必ず試算し、税理士に相談したうえで判断してください。
判断の手順
1. 直近2〜3年の所得の推移を確認する(一時的な増加なら急がない)
2. 法人化した場合の税・社会保険を試算する
法人税 + 均等割 + 社会保険 + 税理士費用 + 設立費用
vs
現在の所得税 + 住民税 + 事業税 + 国保 + 国民年金
3. 事務負担を許容できるか考える
4. 取引先・与信への影響を確認する
5. 税理士に相談する(この規模になったら顧問を持つ価値がある)
所得が900万円ある事業で、判断を1つ間違えると数十万円動きます。
税理士費用の年20〜30万円は、その保険として妥当な水準です。
そして、この本でやってきた記帳の習慣があれば、 税理士に渡す資料もすぐ用意できます。 自分で1年やった経験は、丸投げする人との差になります(この本の使い方)。
法人化しない選択
□ 事務負担を増やしたくない
□ 所得が変動しやすく、安定して800万円を超える見込みがない
□ 数年以内に働き方を変える可能性がある(就職・移住・休業)
□ 小規模企業共済・iDeCo で十分に控除を使えている
法人化は目的ではなく手段です。 個人事業のまま続けることは、まったく問題のない選択です。
この本の終わりに
ここまでで扱ったことを振り返ります。
第0部 独立の判断と手続きの時系列
第1部 開業・青色申告・健康保険・年金
第2部 簿記の考え方(仕訳・科目・決算書・発生主義・事業主貸借)
第3部 freee での記帳の実務
第4部 経費・家事按分・減価償却・証憑の保存
第5部 消費税とインボイス
第6部 所得税・所得控除・確定申告・納税スケジュール
第7部 契約・知財・フリーランス法
第8部 単価・案件・回収・保険・月次運用・調査・法人化
これで、フリーランスエンジニアとして必要な実務は一通りです。
制度は毎年変わります。この本は考え方と手順を伝えるものなので、 金額と期限はその年の一次情報で確認してください(この本の使い方)。
事業所得が3年連続で900万円前後、課税売上は1,100万円で推移しています。案件は安定しており、今後も同水準が続く見込みです。法人化を検討するとき、税負担の比較以外に必ず確認すべきことは何でしょうか?
この章のまとめ
- 検討のサインは所得800万〜900万円・課税売上1,000万円超・法人格の要請・雇用・責任の分離
- 税務メリットの中心は役員報酬に給与所得控除が使えること
- 増えるコストは設立費用・均等割(赤字でも約7万円)・社会保険・税理士費用・事務負担・廃業コスト
- 社会保険はコストであると同時に保障(厚生年金・傷病手当金・扶養)
- インボイス制度により、法人化の消費税メリットは限定的になった
- マイクロ法人の併用は、実態が伴わないと否認されるリスクがある
- 法人化は手段であって目的ではない。個人事業のまま続けるのも正当な選択
- この規模になったら、税理士を持つほうが結果的に安い
参考資料
| 対象 | リンク |
|---|---|
| 国税庁 法人税のあらまし | https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/hojin.htm |
| 法務省 商業・法人登記 | https://www.moj.go.jp/MINJI/minji06.html |
| 日本年金機構 適用事業所と被保険者 | https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/ |
| 国税庁 No.5211 役員に対する給与(定期同額給与) | https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5211.htm |