個人事業主とは何か
この部の 1 / 6 章 ・ 全体で 4 / 53 章 ・ 読了目安 18 分
- 個人事業主と法人の責任・税負担の違いを説明できる
- 事業所得と雑所得の分かれ目を説明できる
「個人事業主になる」と言っても、なるための試験も許可もありません。
税務署に紙を1枚出すだけ、極端に言えば出さなくても事業を始められます。 では何が変わるのかというと、税金の計算方法と、背負う責任の形です。
この章では、その2つを整理します。
個人事業主とは、どういう状態か
法律上の定義はシンプルです。
法人(会社)を作らずに、
継続的・独立的に、
営利を目的として事業を行っている個人
会社を作ると「法人」という別人格が生まれ、あなたはその法人の役員になります。 個人事業主にはそれがありません。事業とあなたは同一人物です。
これが、後で出てくるすべての違いの根っこにあります。
| 個人事業主 | 法人 | |
|---|---|---|
| 事業の主体 | あなた自身 | 会社(別人格) |
| 開業の手続き | 届出1枚・費用ゼロ | 登記が必要・実費で十数万円〜 |
| 事業の借金 | あなたの借金(無限責任) | 原則として会社の債務(有限責任) |
| 利益にかかる税 | 所得税(累進 5〜45%) | 法人税(比例。概ね一定) |
| 事業の口座 | 個人名義または屋号付き | 法人名義 |
| 社会保険 | 国民年金・国民健康保険 | 社会保険(自分1人でも加入) |
| 赤字の繰越 | 3年(青色) | 10年 |
| 廃業 | 届出1枚 | 解散・清算の手続きが必要 |
| 事務コスト | 低い | 高い(決算・申告・登記) |
「法人なら有限責任だから安全」とよく言われますが、 小規模な法人の借入には代表者の個人保証が付くのが普通です。
エンジニアの受託や準委任では、そもそも大きな借入をしないことが多いので、 この差が問題になる場面は限られます。 むしろ実務で効くのは、損害賠償のリスクです(業務委託契約書の読み方)。
「事業」と認められるかどうか
ここが実務で重要です。同じ収入でも、事業所得になるか雑所得になるかで扱いが変わります。
| 事業所得 | 雑所得 | |
|---|---|---|
| 青色申告特別控除 | 使える(最大65万円) | 使えない |
| 損失の他所得との通算 | できる | できない |
| 赤字の繰越 | できる(青色で3年) | できない |
| 記帳義務 | あり | 一定額以上であり |
つまり事業所得のほうが圧倒的に有利です。だからこそ、どちらに当たるかが問われます。
判断の要素は、おおむね次のとおりです。
□ 反復・継続して行っているか(単発ではないか)
□ 独立して行っているか(他人の指揮命令下ではないか)
□ 営利を目的としているか
□ 相当程度の時間を割いているか
□ 事業として社会通念上認められる規模か
□ 帳簿書類を作成・保存しているか
国税庁の通達では、帳簿書類の保存が事業所得と判断するうえでの重要な要素とされ、 収入金額が小さい場合(おおむね300万円以下)は、 帳簿がなければ雑所得と扱われる方向で整理されています。
裏返すと、きちんと複式簿記で記帳していること自体が、事業性の証拠になります。 「開業届を出したから事業所得」ではありません。 最新の取扱いは国税庁の通達で確認してください。
会社員(給与所得)との違い
給与とフリーランスの報酬は、税の計算がまったく違います。
給与所得 = 給与収入 − 給与所得控除(収入に応じて自動計算)
事業所得 = 売上 − 実際にかかった必要経費 − 青色申告特別控除
会社員は「経費」を自分で積めない代わりに、無条件で給与所得控除が引かれます。 フリーランスは自動の控除が無い代わりに、実際に使った経費を引ける。 これが「経費で落とす」の正体です。
| 会社員 | フリーランス | |
|---|---|---|
| 収入の性質 | 給与 | 事業の売上(報酬) |
| 自動で引かれる控除 | 給与所得控除 | 無い(実費の経費で対応) |
| 税の精算 | 年末調整(会社がやる) | 確定申告(自分でやる) |
| 社会保険 | 労使折半 | 全額自己負担 |
| 消費税 | 関係しない | 課税事業者なら納税義務 |
契約書のタイトルが「業務委託契約書」でも、税務上・労働法上は実態で判断されます。
- 発注者の指揮命令を受けて働いている
- 勤務時間・勤務場所が指定されている
- 業務用の道具・機材が発注者から支給されている
- 報酬が時間単位で、成果と結びついていない
こうした要素が揃うと、実質は雇用とみなされる可能性があります。 偽装請負の問題として偽装請負と常駐案件で扱います。
屋号があっても、法人ではない
屋号は「営業上の名前」です。法人格はありません。
○ 屋号名義の銀行口座を作れる(開業届の控えが必要)
○ 請求書・名刺・Web サイトに屋号を書ける
× 屋号に法人格はないので、契約の当事者はあなた個人
× 「〇〇株式会社」「合同会社〇〇」は使えない(法人と誤認させる名称は不可)
契約書の署名欄は「屋号 + 個人名」が基本です。 「Foo Works 山田太郎」のように書きます。
責任は誰が負うか
これが個人事業主で一番重い部分です。
| 事故 | 個人事業主 |
|---|---|
| 納品物の不具合で損害が出た | 個人の財産で賠償(契約で上限を切っておく。業務委託契約書の読み方) |
| 取引先が倒産して報酬が回収できない | 個人の損失。貸倒れとして処理(請求から回収まで) |
| 事業の借入が返せない | 個人の債務。自己破産は個人の破産になる |
| 税金の滞納 | 個人の財産が差押えの対象 |
実務でもっとも効く防御は、契約書に賠償額の上限を書くことです。
「損害賠償の額は、本契約に基づき受領した業務委託料の総額を上限とする」
この1行があるかないかで、最悪のケースの重さがまったく変わります。 賠償責任保険と合わせて保険・信用・借入で扱います。
会社員を続けながら、週末に受託開発で年80万円の収入を得ています。開業届は出しました。帳簿は付けておらず、領収書を封筒に入れているだけです。この収入は確定申告でどう扱われる可能性が高いでしょうか?
この章のまとめ
- 個人事業主は事業とあなたが同一人物。ここからすべての違いが生まれる
- 法人との差は、責任の形・税率の形・社会保険・事務コスト。 開業のハードルは届出1枚でほぼゼロ
- 同じ収入でも事業所得と雑所得では扱いが大きく違う。 青色申告特別控除・損益通算・赤字の繰越は事業所得だけ
- 帳簿の作成と保存が、事業性の重要な判断要素。開業届を出したから事業所得、ではない
- 会社員は給与所得控除、フリーランスは実費の経費。だから記帳が要る
- 契約書のタイトルではなく実態で判断される。指揮命令下の働き方は雇用とみなされうる
- 屋号に法人格は無い。契約の当事者はあくまで個人
- 無限責任の実務的な防御は、契約書の賠償上限と保険
参考資料
| 対象 | リンク |
|---|---|
| 国税庁 事業所得と雑所得の区分 | https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/shotoku/shinkoku/ |
| 国税庁 No.1350 事業所得の課税のしくみ | https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1350.htm |
| 国税庁 No.1300 所得の区分のあらまし | https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1300.htm |