フリーランスエンジニアの実務

個人事業主とは何か

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この章を読むとできるようになること
  • 個人事業主と法人の責任・税負担の違いを説明できる
  • 事業所得と雑所得の分かれ目を説明できる

「個人事業主になる」と言っても、なるための試験も許可もありません

税務署に紙を1枚出すだけ、極端に言えば出さなくても事業を始められます。 では何が変わるのかというと、税金の計算方法と、背負う責任の形です。

この章では、その2つを整理します。

個人事業主とは、どういう状態か

法律上の定義はシンプルです。

法人(会社)を作らずに、
継続的・独立的に、
営利を目的として事業を行っている個人

会社を作ると「法人」という別人格が生まれ、あなたはその法人の役員になります。 個人事業主にはそれがありません。事業とあなたは同一人物です。

これが、後で出てくるすべての違いの根っこにあります。

個人事業主法人
事業の主体あなた自身会社(別人格)
開業の手続き届出1枚・費用ゼロ登記が必要・実費で十数万円〜
事業の借金あなたの借金(無限責任)原則として会社の債務(有限責任)
利益にかかる税所得税(累進 5〜45%)法人税(比例。概ね一定)
事業の口座個人名義または屋号付き法人名義
社会保険国民年金・国民健康保険社会保険(自分1人でも加入)
赤字の繰越3年(青色)10年
廃業届出1枚解散・清算の手続きが必要
事務コスト低い高い(決算・申告・登記)
無限責任は、実務では「保証」の形で現れる

「法人なら有限責任だから安全」とよく言われますが、 小規模な法人の借入には代表者の個人保証が付くのが普通です。

エンジニアの受託や準委任では、そもそも大きな借入をしないことが多いので、 この差が問題になる場面は限られます。 むしろ実務で効くのは、損害賠償のリスクです(業務委託契約書の読み方)。

「事業」と認められるかどうか

ここが実務で重要です。同じ収入でも、事業所得になるか雑所得になるかで扱いが変わります。

事業所得雑所得
青色申告特別控除使える(最大65万円)使えない
損失の他所得との通算できるできない
赤字の繰越できる(青色で3年)できない
記帳義務あり一定額以上であり

つまり事業所得のほうが圧倒的に有利です。だからこそ、どちらに当たるかが問われます。

判断の要素は、おおむね次のとおりです。

□ 反復・継続して行っているか(単発ではないか)
□ 独立して行っているか(他人の指揮命令下ではないか)
□ 営利を目的としているか
□ 相当程度の時間を割いているか
□ 事業として社会通念上認められる規模か
□ 帳簿書類を作成・保存しているか
副業レベルの収入は雑所得と判定されやすい

国税庁の通達では、帳簿書類の保存が事業所得と判断するうえでの重要な要素とされ、 収入金額が小さい場合(おおむね300万円以下)は、 帳簿がなければ雑所得と扱われる方向で整理されています。

裏返すと、きちんと複式簿記で記帳していること自体が、事業性の証拠になります。 「開業届を出したから事業所得」ではありません。 最新の取扱いは国税庁の通達で確認してください。

会社員(給与所得)との違い

給与とフリーランスの報酬は、税の計算がまったく違います。

給与所得 = 給与収入 − 給与所得控除(収入に応じて自動計算)
事業所得 = 売上   − 実際にかかった必要経費 − 青色申告特別控除

会社員は「経費」を自分で積めない代わりに、無条件で給与所得控除が引かれます。 フリーランスは自動の控除が無い代わりに、実際に使った経費を引ける。 これが「経費で落とす」の正体です。

会社員フリーランス
収入の性質給与事業の売上(報酬)
自動で引かれる控除給与所得控除無い(実費の経費で対応)
税の精算年末調整(会社がやる)確定申告(自分でやる)
社会保険労使折半全額自己負担
消費税関係しない課税事業者なら納税義務
「業務委託」でも実態が雇用なら給与扱いになりうる

契約書のタイトルが「業務委託契約書」でも、税務上・労働法上は実態で判断されます。

  • 発注者の指揮命令を受けて働いている
  • 勤務時間・勤務場所が指定されている
  • 業務用の道具・機材が発注者から支給されている
  • 報酬が時間単位で、成果と結びついていない

こうした要素が揃うと、実質は雇用とみなされる可能性があります。 偽装請負の問題として偽装請負と常駐案件で扱います。

屋号があっても、法人ではない

屋号は「営業上の名前」です。法人格はありません

○ 屋号名義の銀行口座を作れる(開業届の控えが必要)
○ 請求書・名刺・Web サイトに屋号を書ける
× 屋号に法人格はないので、契約の当事者はあなた個人
× 「〇〇株式会社」「合同会社〇〇」は使えない(法人と誤認させる名称は不可)

契約書の署名欄は「屋号 + 個人名」が基本です。 「Foo Works 山田太郎」のように書きます。

責任は誰が負うか

これが個人事業主で一番重い部分です。

事故個人事業主
納品物の不具合で損害が出た個人の財産で賠償(契約で上限を切っておく。業務委託契約書の読み方
取引先が倒産して報酬が回収できない個人の損失。貸倒れとして処理(請求から回収まで
事業の借入が返せない個人の債務。自己破産は個人の破産になる
税金の滞納個人の財産が差押えの対象
責任の上限は契約で決める

実務でもっとも効く防御は、契約書に賠償額の上限を書くことです。

「損害賠償の額は、本契約に基づき受領した業務委託料の総額を上限とする」

この1行があるかないかで、最悪のケースの重さがまったく変わります。 賠償責任保険と合わせて保険・信用・借入で扱います。

会社員を続けながら、週末に受託開発で年80万円の収入を得ています。開業届は出しました。帳簿は付けておらず、領収書を封筒に入れているだけです。この収入は確定申告でどう扱われる可能性が高いでしょうか?

この章のまとめ

  • 個人事業主は事業とあなたが同一人物。ここからすべての違いが生まれる
  • 法人との差は、責任の形・税率の形・社会保険・事務コスト。 開業のハードルは届出1枚でほぼゼロ
  • 同じ収入でも事業所得と雑所得では扱いが大きく違う。 青色申告特別控除・損益通算・赤字の繰越は事業所得だけ
  • 帳簿の作成と保存が、事業性の重要な判断要素。開業届を出したから事業所得、ではない
  • 会社員は給与所得控除、フリーランスは実費の経費。だから記帳が要る
  • 契約書のタイトルではなく実態で判断される。指揮命令下の働き方は雇用とみなされうる
  • 屋号に法人格は無い。契約の当事者はあくまで個人
  • 無限責任の実務的な防御は、契約書の賠償上限と保険

参考資料

対象リンク
国税庁 事業所得と雑所得の区分https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/shotoku/shinkoku/
国税庁 No.1350 事業所得の課税のしくみhttps://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1350.htm
国税庁 No.1300 所得の区分のあらましhttps://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1300.htm
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